自動車競技では左足でブレーキペダルが操作されるケースも少なくありません。場合によってはブレーキペダルとアクセルペダルの両方が同時に踏み込まれることもあります。
加速と減速が相殺し合うため意味がないように思えますが、これにはしっかりとした理由があります。
とりわけ、サーキットレースと未舗装路ラリー競技では、同じ左足によるブレーキ操作でもその意味と役割は違います。左足ブレーキのあまり知られていないメリットを解説します。
よく知られる左足ブレーキのメリット
自動車競技における左足ブレーキのメリットはおもに以下の3つが挙げられます。
- ペダル踏み替え時間の短縮
- アクセルオン時の前後荷重コントロール
- ターボラグ・スロットルラグの抑制
もっとも注目されやすいのは、踏み替えの時間を短縮です。左足でブレーキを操作すれば、右足でペダルを踏み変える時間の短縮できる大きなメリットがあります。
2つ目のメリットは、アクセルペダルを踏みながら左足でブレーキを踏むことで車の姿勢をコントロールできる点です。具体的には、加速中に左ブレーキを使うことでフロントに荷重を移しアンダーステアの抑制が見込めます。また、ブレーキの踏み加減を調整すれば車体の姿勢変化を抑えながら減速も可能です。
3つ目のメリットは、本来アクセルペダルを踏み込めないタイミングでも、左足でブレーキかけながら早期にアクセル開けることでターボラグを解消できる点です。また近年は、ターボラグの解消ではなく電子制御スロットルの鈍いレスポンスを補うために左足ブレーキを使う人もいるようです。
ただし市販車のなかにはブレーキオーバーライド機能が働き、ブレーキペダルを踏んでいる間はスロットルが開かない車もあるため、左足ブレーキを姿勢変化に使える車は限られます。
左足ブレーキはTCSやABSとしても機能する
モータースポーツにおいては、以上3つのメリットだけでも十分に有用性があります。しかし左足ブレーキにはこれらとまったく異なった隠れたメリットもあります。
加速中にタイヤが空転した際に左足ブレーキを使うこと、アクセルオフよりも素早くタイヤの回転数を落とせるため疑似TCS(トラクションコントロールシステム)として機能させられる点がひとつ。
反対に、左足ブレーキ時のホイールロックは右足でアクセルを踏み込むことで抑制できるため疑似ABS(アンチロックブレーキシステム)として機能させることも可能です。
もちろん、これらの操作は電子制御のTCSやABSのように自動で調整してくれるものではなく、ドライバーがブレーキペダルとアクセルペダルそれぞれの踏み加減を調整しなくてはなりません。
アクセルとブレーキのバランスをコントロールすれば、意図的に姿勢を崩して瞬時にドリフト状態に持ち込んだり、ドリフト状態を止めたりもできます。
左足ブレーキは、アクセル操作と同時併用することで、任意のタイミングで自在に動作させられる車両制御装置のように機能するうえ、車両のコントロール幅を引き上げられることにあります。
一般的な右足ブレーキだけでは不可能な挙動を、車に振る舞わせることができる点が左足ブレーキの要点です。
これらはホイールロックやホイールスピンが起こりやすいグラベルラリーやスノーラリーのような路面摩擦抵抗が少ない状況でとくに効果が発揮されます。とくに電子制御の類による車両制御が禁止されているラリーカー等でのメリットは絶大です。
ラリードライバーのインカー映像などを見ると、単にブレーキとアクセルペダルを交互に踏んでいるように見えますが、ギア比や路面状況、前後荷重に応じてブレーキ踏力とアクセル開度を適宜コントロールし、エンジン回転数や車速をコントロールしています。
より包括的に言えば、ラリードライバーは左足ブレーキによって「タイヤの回転数」を制御しているということです。
WRCの左足ブレーキは緻密なタイヤの回転数制御が目的
吸気制限がなければ500馬力を超えるとされるラリーカーを、滑りやすいダート路面でドリフトさせながら正確に操ることを求められるのがラリードライバーという職業です。
おもに車体を滑らせながら曲がるグラベルラリーでは、精密なタイヤ回転数の制御のために左足ブレーキが使われるといってもよいでしょう。車が地面と接地している唯一の部品はタイヤであり、加速・減速・コーナリングいずれにおいても路面へのタイヤの食いつきがもっとも重要であるためです。
アクセルは、オン/オフで加速/減速ともに使えますが、アクセルペダルを踏み込みんでから任意のエンジン回転数に達するまでにはレースエンジンであっても大なり小なりのタイムラグが発生します。
素早く目標回転数に合わせようとするほどホイールスピンを起こしやすくなるうえ、エンジン回転数のオーバーシュートも生じがちです。また、アクセルオフ時に発生する回転数降下は吹き上がりの回転上昇に対して反応が遅いうえ、強い制動力は期待できません。
一方、ブレーキペダルは減速側にしか作用せず、一度ブレーキをロックさせてしまえば、タイムロスは必至です。そして、アクセルとブレーキのそれぞれ一方のみでタイヤの回転数を制御するには必ず一定の調整時間を必要とします。
アクセルペダルの加速と、ブレーキペダルの減速をバランスさせて、トータルで駆動力を素早く正確に制御する技術が古くからラリーで用いられる左足ブレーキです。
一見、アクセルとブレーキを同時に踏み込むのは無駄のように思えますが、加速側と減速側の両方から制御することで、タイヤの回転数を反応良く、かつ正確に制御できるメリットがあります。
左足ブレーキは、滑りやすいうえ路面状況が刻々と変化し、予測外の事態も多いラリー向きの操作といえます。速く走るためというより操作ミスを抑える、あるいはミスのリカバリーが主要な役割といえるでしょう。
だからといって、このような左足ブレーキは市販車が公道を一般走行する際に使うべきものではありません。
派手なドリフトは減ってもWRCで左足ブレーキは健在
左足ブレーキが使われ始めたのは、WRCがハイパワー化へと突き進む過渡期の時代でした。高出力と引き換えにターボラグも大きく、間違っても扱いやすい車ではなかったでしょう。
ブレーキロックさせれば車が真っ直ぐにすっ飛んでいき、運が良くてもそのままリタイア。道幅が狭いうえエスケープゾーンもない公道ラリーでは、わずかなテールスライドも許容できないシーンが少なくありません。
これらの要件に対応するテクニックとしてラリーでは左足ブレーキという技術が生み出されたのだと思います。
故コリン・マクレーをはじめ、グループAの時代まではこうした左足ブレーキを駆使したドライビングが盛んでしたが、当時は使用していないドライバーもいました。ST185セリカ時代のディディエ・オリオールは右足ブレーキだったようです。
発進時と微低速走行時以外は2ペダルで走行できる現在は、トップカテゴリのほぼすべてのラリードライバーが左足ブレーキを使います。
ただしセバスチャン・ローブの登場以降、以前のように派手なドリフトは少なくなり、左足でブレーキ操作がされてもアクセルとオーバーラップさせて踏まれるケースは少なくなっているようです。ターマック、グラベルともにほとんどが車速コントロールとフロント荷重を与えるための左足ブレーキに見えます。
車両自体も以前に比べてターボラグも少なくなったうえ、上位カテゴリともなるとダウンフォースを稼ぐためにサーキットマシンのような空力ボディとなり、もはや左足ブレーキを駆使する必要がなくなってきたのでしょう。
それでもオンボード映像を見ると、ドライバーによっては時折左足ブレーキによるタイヤ回転数制御と姿勢コントロールは行われていることが見て取れます。
下位カテゴリやFFカテゴリでは今でも左足ブレーキが多用されているでしょう。とくにFFでのグラベル走行は左足ブレーキが必須とも言えるテクニックです。
以下のDVDは名盤であり、筆者のWRCの原点。以上のようなコリン・マクレーの左足ブレーキ操作が鮮明に記録されています。もちろんクラッチありのHパターンシフトの時代です。そのほかグループAマシンや、キットカーなども多数登場しています。